横浜華僑通訊 最新2018年8月号より抜粋

目次:

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王軍参事官兼総領事離任 詹孔朝参事官兼総領事着任

詹参事官兼総領事横浜に

華文教育の「新たな100年」を目指して

中国語なう

新・ハローワークの窓から



王軍参事官兼総領事離任 
詹孔朝参事官兼総領事着任
新老華僑団体が合同で歓送迎会開催

 右:詹新総領事  左:王前総領事
 中国大使館領事部の王軍参事官兼総領事は3年余にわたる任期を終えて離任し、新たに詹孔朝参事官兼総領事が赴任した。
 7月13日(金)夕刻、東京華僑会館で、王参事官兼総領事を歓送し詹参事官兼総領事を歓迎する催しが開かれた。日本華僑華人聯合総会(廖雅彦会長)と全日本華僑華人聯合会(全華聯、劉洪友会長)が共催し、新老華僑団体代表50余名が出席。本会の王忠福会長、曽德深(山手中華学園理事長)・任政光両顧問、謝成發名誉会長、朱銘江副会長、張岩松理事(山手中華学校校長)、符順和理事、羅明珠事務局長が出席した。
 冒頭、東京華僑総会林斯福会長が主催者を代表して、王参事官兼総領事が多年にわたり華僑華人社会に多大な貢献をされたことに感謝し、新任の詹参事官兼総領事に歓迎の言葉を述べた。
 続いて全華聯の劉会長があいさつし、新老華僑の責任者がこうして一堂に会して活動することを喜び、過去3年余の間に全華聯の構成団体が50余から70以上に成長できたのは王参事官兼総領事の支援のたまものであると語り、氏の近い将来の日本再赴任に期待を寄せた。そして新任の詹参事官兼総領事に指導を願った。
 王参事官兼総領事は離任にあたり8年余にわたる日本での生活を振り返って、名古屋、大阪、東京と3か所の赴任地では僑務領事関連の仕事に従事し、僑領に支えられてきたことに感謝した。
 着任のあいさつに立った詹参事官兼総領事は、王参事官兼総領事の築いた基礎の上に立ち、程永華大使の指導のもとで全力で華僑界のために尽くす、と意気込みを語った。
 続いて、日本華僑華人聯合総会の廖会長は乾杯のあいさつで、王参事官兼総領事の任を引き継ぐ詹参事官兼総領事とともにこれから、華僑華人の正当な権益を守り新老華僑の団結と融和のためにともに努力していこうと語った。
 閉会にあたり全華聯の顔安名誉会長はこの3年余を振り返り、この間われわれ華僑団体と華僑社会は発展していく道筋での信念と力を与えられたと述べ、このような集まりは在日華僑華人に重要な啓示になったと締めくくった。


詹参事官兼総領事横浜に


着任して間もない中国大使館領事部の詹孔朝参事官兼総領事は7月27日(金)、李万鵬アタッシェとともに横浜を視察した。
 午前10時過ぎ、詹参事官兼総領事と李アタッシェはまず横浜山手中華学校を訪れ、張岩松校長と林啓良副理事長兼総務部長に出迎えられた。本会の王忠福会長、張愛玲副会長、余凱副会長、楊文恵副会長、朱銘江副会長と羅明珠事務局長が同席し親しく懇談した。
 中華学校では張校長が学校の現状と120年に及ぶ華僑教育の歴史について詳細に解説し、詹参事官兼総領事らは熱心に聞き入っていた。その後、張校長の案内で校舎6階から順にフロアを下り、学校の設備面をを視察した(上写真中央が詹参事官兼総領事、その右が李アタッシェ)。
 また、校舎1階にある認可保育園小紅に立ち寄り、小紅を運営する一般社団法人小紅の会の劉燕雪理事長らの出迎えを受けた。おりしも園児の昼食時間にあたり、一行は園児のほほえましい食事風景を参観した。
 中華学校視察を終えた一行は、本会王会長らの案内で横浜中華街に足を運んだ。まず横浜華僑総会事務所を訪問し、事務所職員の仕事風景を参観した。詹参事官兼総領事は職員に親しく語り掛け、励ましの言葉をかけた。
 その後、詹参事官兼総領事らは媽祖廟と関帝廟に詣でた。日本のなかの国際都市・横浜、その横浜にある著名な観光地・横浜中華街。夏休みで多くの人出でにぎわう中華街の街並みを散策し、一行は150年にわたる横浜華僑の歴史とその生業の一端を視察した。
 詹参事官兼総領事は今後機会を設け、より多くの中国大使館領事部の職員らと横浜を訪ねたいと語った。横浜華僑総会と横浜山手中華学校は着任間もないこの時期に横浜を訪れた詹参事官兼総領事の動向は横浜華僑を重視する姿勢の表れとして、大きな励みであると受け止めた。


華文教育の「新たな100年」を目指して 110
2018年、横浜山手中華学園は創立120周年を迎えた
横浜山手中華学園創立120周年記念募金のお願い
― 趣意書 ―

 本学園は今年、創立120年を迎えました。長い歳月の中、財政的困難と社会的な不遇を乗り越えてこられましたのも、ひとえに多くの華僑・華人及び国内外のご有志の方々の多大なるご支援によるものと、深く敬意と感謝を申し上げます。
 長い歴史をもつ学校を更に発展させ、より多くの華僑・華人の子弟を育成し、急速に発展する中国と日本社会の要請に応えることが、他ならぬ本学園の使命であると 認識しております。本学園では変わりゆく時代の変化に応えるため、子どもたちの教育環境を改善し、華僑華人の学校教育を進展させるべく絶えず改革と整備に取り 組んでおります。 今後とも引き続き教職員一同、より一層の努力と決意をもって教育事業に取り組んでいく所存であります。
 しかしながら、昨今の国際情勢を受け、これまで本学園の財政の多くの部分を支えた神奈川県より交付されていました外国人学校経常費補助金は2015年度より打ち切りとなり、学校は依然「各種学校」としての制限を受けており、学納金のみの資金で事業を推進するには財政的に十分ではありません。
 つきましては、本学園の教育事業ならびに教育のICT化を持続的に発展させるべく創立120周年を記念し募金を行いたく、有志のみなさまの熱意あるご協力を賜りますよう心よりお願い申し上げます。
 みなさまのご協力に対し厚く御礼申し上げるとともに、みなさまのご健康と更なるご活躍をお祈り申し上げます。
創立120周年記念事業
 1. 校舎改修事業(照明LED化、教室改修等)
 2. 120周年慶祝行事(記念誌製作等)
 3. 教育環境の拡充(ICT教育の充実化等)

 学校法人 横浜山手中華学園 理事長 曽德深
      横浜山手中華学校 校長 張岩松
      熊猫幼稚園    園長 森田裕明
             2018年7月

寄付金募集要項

募金の名称 
  横浜山手中華学園創立120周年記念募金【2018年度教育助成金】
募金目的および使途
  学園教育事業の内容拡充に要する資金の調達:
  ①校舎改修事業 (照明LED化、教室改修等 約2200万円)
  ②120周年慶祝行事(記念誌製作等 約1400万円)
  ③教育環境の拡充(ICT教育の充実化等 約6400万円)
募金目標額 一億円
主な募金の対象 国内外の政府機関、団体、法人、在校生家長、校友、教職員、  縁者、その他篤志家
募金期間 2018年7月 ~ 2019年3月末日(2018年度)
寄付者の顕彰
  1.学園通訊にてご芳名を掲載。
  2.学園通訊を1年間毎月配布。
  3.累計二万円以上の寄付者に120周年記念誌を贈呈。(2019年完成予定)
 ※本募金は3ヵ年度に分けて行うため、寄付金額は各年度の累計といたします。
お申込方法 下記ゆうちょ銀行口座へのお振込みをもってお申込みとさせていた  だきます。
    口座名義: 学校法人 横浜山手中華学園
    口座番号: ゆうちょ銀行 〇二九店
    当座 0059720
※寄付者様の情報をより正確に管理するため、誠にお手数ですが、ご送金の前  後いずれかに下記E-Mailアドレス宛に寄付者名義・振込名義・住所・連絡先・  金額・送金日、「学園通訊」でのご芳名掲載の諾否をお知らせください。
 ※寄付者様の情報が十分でない場合は「学園通訊」でのご芳名掲載がカタカナ  での表記となりますことをご容赦ください。
個人情報の保護について 寄付のお申し込みに際しご記入いただいた個人情報に  関しては、募金に係わる業務のみに使用し、個人情報保護法及び関係法令に  基づき適正に管理いたします。
お問合わせ
  〒231-0024 横浜市中区吉浜町2-66
    横浜山手中華学園・募金事務局
        TEL:045-641-0393 
        FAX:045-641-3776
        E-Mail:office@yycs.jp


中・日の芸術家が公演

 横浜山手中華学校創建120周年と中日平和友好条約締結40周年を祝い6月26日(火)、中国国際文化交流センター芸術家代表団と松山バレエ団の団員、総勢70数名の中国と日本の芸術家が横浜山手中華学校を訪れ、舞台で公演した。横浜山手中華学校の教師と生徒、熊猫幼稚園の教諭と園児、家長など1000余名が中・日両国の芸術家のすばらしい公演を鑑賞した。
 6階体育館で午前11時半、張岩松校長はあいさつし、芸術家代表団と松山バレエ団がレベルの高い芸術鑑賞の機会を生徒・園児にもたらしてくれたことに感謝した。
 まず、松山バレエ団が「東方紅」や「保衛黄河」などの歌曲にのせ、中国革命の先達の肖像を掲げて踊った(上写真)。そして、森下洋子団長は中国語と日本語で周恩来総理がかつて日本に留学をしていた時に詠んだ詩歌「雨中嵐山」を朗誦した。
 続いて中国交流センター理事で著名な芸術家・尹建平氏が二胡の名曲「万馬奔騰」を演奏。著名な芸術家・唐国強氏が自ら揮毫した「僑教之光」の書を山手中華学校に寄贈した。
 その後、中国の音楽家は中国の民歌などを披露し、松山バレエ団の団員を率い森下団長自ら、著名な演目「白毛女」のハイライトを上演した。
 その後、唐国強氏が再び登壇し、毛沢東の詩詞「沁園春・雪」を力強く朗誦した。最後に中華人民共和国国歌のメロディーが場内に響くと、中日両国の芸術家と満場の生徒と教師は高らかに国歌を歌い上げた。
 「祝福明天」の調べにのって芸術家たちは舞台から観客席に降り、生徒と親しく交流した。
 公演終了後、芸術家代表団は張校長の案内で校舎を参観した。
        (山手中華学校)


中国語なう 72
《夏休み番外編》
「打狗」「打猫」にみる台湾地名考


 「打狗(イヌをたたく)」と「打猫(ネコをたたく)」、これが台湾の地名だとしたら皆さんはどう思いますか?
 今回の「中国語なう」《夏休み番外編》は、台湾の2つの地名についてのお話です。
 まず「打狗」ですが、これは台湾南部の大都市、「高雄(Gaoxiong・Kaohsiung)」の旧称です。
 そのルーツをたどると、17世紀に「打狗(閩南語 Táⁿ-káu ターカウ)」という小さな村から今日の大都市へと発展したとのこと。
「ターカウ」とは原住民の平埔族マカタウ族の集落タアカウ社の名称に由来し、マカタウ族の言語で「竹林」を意味したそうです。
 高雄の歴史を振り返ると、1624年にオランダの侵略者はこの場所にとりでを築いたものの、1661年に「反清復明」を掲げた鄭成功によって駆逐され、1664年にこの地に万年州が設置されました。
 その後1684年に至り清の統治が開始されると台湾府の一部として鳳山県が設けられ、県治が興隆荘(現在の左営)に設けられました。
 1858年の天津条約で清は台湾島に複数の開港地を設けることを約束させられ、そのひとつである「打狗港」は1864年に開港し、以後外国貿易で栄え始めました。
 1895年に馬関条約(下関条約)により日本の台湾統治が始まると、日本は海軍の南方方面への補給港を確保すべく「打狗」開発を推し進めました。
 1920年9月、「打狗」という文字が卑俗であるとして台湾総督府は、「打狗」と発音が近く京都の名所と同じ高雄(たかお)と改称しました。
 1945年、日本の敗戦により台湾が再び中国の版図に復帰してからは「高雄」は「タカオ」から「カオシュン」となり、台湾南部の主要都市として今日に至っています。
 一方、「打狗」と対をなす「打猫」は、もともと台湾の原住民平埔族ホアニア族ロツァ支族の集落タアニャウ社があったところで、閩南語音によって「打猫(tá-niau ターニャウ)」の文字があてられたもので、日本統治下の台湾総督府はこれを「地名にふさわしくない」と考え、1920年に音の近い和風の「民雄(たみお)」に改変しました。
 戦後、国民党当局もそれを踏襲して「民雄」は「タミオ」から北京語音で「ミンション」になりました。
 「民雄」は「高雄」の北に位置し、南部台湾に属する嘉義市の衛星都市で、いまは「民雄郷」として嘉義県内最大の人口を抱えています。
 「高雄」の旧称「打狗」と「民雄」の旧称「打猫」、台湾の人びとには1対の地名と考えられており、「高雄」と「民雄」はすっかり台湾に定着しました。


新・ハローワークの窓から  116
 建設業3

 建設業界では人手不足を解消するため、外国人技能実習生の制度を活用している企業が多数ある。
 ベトナムやインドネシア・中国などから技能実習生を日本に呼び、数年働いてもらった後、日本で習得した技術を母国で生かしていただく、というのが主旨である。
 最近、この外国から来た実習生たちに日本語を教える仕事や、日本での生活支援、仕事の教育をする人や現場通訳が不足しているようで、ハローワークでも求人を見かける。
 建設業は日本語が十分理解できない人にはお勧めできない業界だが、日本で教育を受けた外国籍のバイリンガルの人にとって、建設業界で現場の仕事をしながらほかの外国籍の同僚に仕事を教え、指示を出す仕事に就くのは、将来性もある仕事ではないか。
 高等学校卒業後に日本で就労を考えている外国籍の高校生を対象に、「定住者」の在留資格への変更を認める案内が法務省入国管理局のホームページに出ていた。
http://www.moj.go.jp/nyuukokukanri/
 kouhou/nyuukokukanri07_00122.html
 その条件は、①現在、在留資格「家族滞在」で日本に滞在していること。②日本において義務教育の大半を修了していること(※1)。③日本の高等学校を卒業していることまたは卒業見込であること。④就労先が決定(内定を含む)していること(※2)。⑤居住地の届出等、公的義務を履行していること。
 (※1)小学校中学年までに来日し、小学校、中学校及び高等学校を卒業する方が対象(少なくとも小学校4年生のおおむね1年間を在学し、その後引き続き在学していることが必要)。(※2)資格外活動許可の範囲(1週につき28時間)を超えて就労する場合に対象となる。
 「家族滞在」は家族と暮らすための在留資格で本来働く権利はない。しかしこれにより卒業後は進学かアルバイトの選択肢しかなかった高校生も、就職し「定住者」になるという選択肢が増える。
 高校生は学校を通して就職活動をすることになる。高校生の求人情報公開は7月1日以降。ハローワークで順次出来上がった求人票を、事業所が募集をかけたい高校に持参または郵送する(この時点で、高校で求人票を見ることができる)。そして9月5日から応募受付開始、9月16日から採用選考が始まる。
 就職を考えても情報が少なく、なにから手を付けたらよいのか悩んでいる高校生もいるだろうが、学校の進学進路指導の先生に相談し、工務店などへの就職に挑戦してみてはいかがだろうか。
 ハローワーク横浜
 職業相談員 李 艶 薇